大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(う)1003号 判決

控訴人 被告人 中村大治部

検察官 安田道直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における訴訟費用中鑑定人金森三郎に支給した部分を除く外全部被告人の負担とする。

本件公訴中銃砲刀剣類等所持取締令違反の点は無罪。

理由

弁護人那須六平の控訴の趣意は同人提出の同趣意書に記載の通りであるから、これを引用する。

同第一点の(一)に付いて。

銃砲刀剣類等所持取締令に所謂銃砲中には故障の為一時弾丸発射の機能に障害があつても通常の手入又は修理を施せば右機能を回復することができる銃砲をも含むと解するを相当とするが通常の手入又は修理の域を超え新規製作に近い改造を施さなければ該機能を回復できない程度のものは右に所謂銃砲の内には含まれないと解すべきこと立法の趣旨に照らし蓋明白である。本件に付これを観るに当審鑑定人井尾正隆の鑑定の結果によれば本件管打銃は金属部全体に亘り発錆甚だしく深く地金に喰い込んでいて撃発させても撃鉄凹部の中央針と管台先端との間には約三ミリの間隙が存し接触しない。該銃の弾丸発射機能を回復するには撃鉄部全部を取替え、且管台部を削取り、新しく撃鉄部先端凹部に符合するように形成した管台を取付け、撃鉄の安全装置即ち第一役止めを引鉄を引くことによつて撃発しないように修理改造しなくてはならない。右の修理は技術優秀な鉄工所でなければできず、その費用は一万円以上を要するとなつており、又原審第二回公判における鑑定人金森三郎も機関部が全部錆びていて修理を加えても使用できないと思う改造しなければ発射する様にできない。新規に作らなければならないのでそんなにしてまで使用する人はないと思う旨述べている。尤も同鑑定人は該修理は半日と千円でできるとも述べていること原判決摘示の通りであるが右供述部分は前顕井尾鑑定人の鑑定の結果に照らしても又金森鑑定人の他の供述部分との釣合から云つてもたやすく信用できない。これを要するに右両鑑定人の鑑定の結果によれば本件筒打銃は新規製作に準ずる大改造を施せばいざしらず通常の手入又は修理を施す程度を以てしては到底弾丸発射の機能を回復し得ないものと断ずるの外ない。そうだとすれば右銃は銃砲刀剣類等所持取締令に所謂銃砲には該当しないと解するを相当とすべく、この点の論旨は理由があり原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し次の如く自判する。

なお自判に先だち念の為他の論旨(但量刑不当の点を除く)に付いても一応その判断を示して置く、

(一)  原審公判における岡村証人の供述中論旨に引用の部分は甚だしく吾人の常識に反し又理路整わず到底信用できない原判決が該部分を証拠に採用しなかつたのは当然である。

(二)  論旨に引用の原審公判における高山証人の証言から直ちに論旨のような結論はでて来ないのみならず高山の警察員及検察官に対する供述調書その他原判決が採用した証拠によれば被告人は所謂記事差止料として高山の手を経て金五万円を受取つたものであり又その金が万江医師から出るものであることは事前にこれを熟知していたことを認むるに十分である。

当裁判所は原判決挙示の証拠により同判決摘示第一乃至第三の犯罪事実及前科の事実を認定する。

法律に照らすと右第一、二の事実は各刑法第二百五十二条第一項に、第三の事実は同第二百四十九条第一項に該当するところ被告には前示前科があるので同法第五十六条第五十七条に則り夫々累犯の加重をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条第十四条に従い重い第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し原審における訴訟費用中主文掲記の部分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人の負担とする。

本件公訴中被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十年九月頃から同三十一年二月六日迄同市南泉田町二一二番地の被告人居宅において管打銃一挺を蔵置し所持していたものであるとの点は前記の通り該銃は銃砲刀剣類等所持取締令に所謂銃砲とは認められないので刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 裁判官 尾崎力男)

弁護人那須六平の控訴趣意

第一点原審判決は法令の適用を誤つたもので此の点で原審判決は破毀さるべきものと信ず。

(一) 原審判決は被告人が管筒銃を所持して居た事実に対し銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二十六条第一号に該当する違反事件であると解釈するけれども鑑定人金森三郎の鑑定の如く「使用不能です」「機関が全部錆びていて修理加えても駄目だと思います」と陳べ又検察官の「錆びていると云うが発射する様には出来ないか」との問に対し「改造しなければ出来ません新しく作らなければならないのでそんなにして使用する人はいないと思ひます云々」と答へ又弁護人の「改造とはどうするか」との問に対し「修理より高くつきます部分品をつければ型が変つて来ます」と答へて居ることから観ても明かな通り被告人の所持して居た管筒銃は銃としての効用なくその結果被告人が之れを所持して居ることに依つて何等抽象的危険性もないのである。

右の通りであるから本取締令の適用なきことは明かである。

(二) 又被告人が岡村並堀内から金員の取立を依頼されその依頼に基き之れが取立を為し其の取立てた金員を費消した事実に対し原審裁判所は横領罪の規定を適用して居るが此の点誤りである。

此のことは岡村の証言にもある通り検察官の「証人として勘米良の金を中村が勝手に使つてよいと云つたことがあるか」との問に対し「云つたことがあります」(二四二丁)と答へ被告人が取立金額集金済み迄被告人自身の為に費消することに同意を与へているのであるこれに対し横領罪の規定を適用すべきではないと思ふ。

(三) 更に被告人中村が高山から金五万円を受領した事実に付て万江に対する恐喝罪の成立を認め之れに対し恐喝の規定を適用して居るが之れは明かに誤りである。

万江医師に医師としての義務に欠けて居たことは万江自身も之れを認め証人松平、同浦野の証言に依つても明かに認められて居るのであり新聞人として、之れが報導を為すことは誤りではないと考へるのである。只二十五日附の新聞発刊後配達前に万江医師の名誉や家族に及ぼす影響を考へて被告人が最も尊敬する高山から事情を説明されて配達をとめられたので止むなく之れに応じたのである其の際高山は被告人に対し渡した金五万円は自分の金であると云つて渡し被告人も万江から出た金ならば受取れないと述べているのである。此の事実に付て恐喝罪の規定を適用したのは明かに誤りである。

第二点(一) 被告人が所持して居た管筒銃は銃としての効用のないものであることは金森鑑定人の鑑定の通りであつて銃本来の危険性もないのであるから銃砲刀剣類等所持取締令の所謂「銃砲に該当しないものであるから之れに対し原審判決が被告人所持の管筒銃を「銃砲」と認定したのは明かに誤りであると考へる。

(二) 又岡村並堀内から被告人が金銭の取立の依頼を受け之れが取立を為し之れが保管中に被告人自身の為めに費消した行為に付原審裁判所では横領罪の成立を認めて居るが之れは明に誤りである。即ち岡村の場合は同人の証言の様に被告人が取立金員を費消することに同意を与へて居ることが同人の証人調書上明瞭であり又堀内の場合は岡村程明瞭ではないが被告人と堀内とは同級生であり、たとえ被告人自身が費消しても明かに承諾することが予見されていたことであるから之れに対し被告人が権限外の行為を為したとは考へられないのである。以上の様であるので被告人委任に依り取立てた金銭を自己の為めに費消したからとて被告人の行為を以て横領行為であると認定したのは明かに事実の認定を誤つたものであると考える。

(三) 更に被告人が万江医師の実情を新聞に報導して全然別人である高山から金五万円を援助費として貰つた事実を目して原審判決は恐喝行為であると認定するけれども之れも誤りであると考へる。この事は高山証人の証言にも窺知出来る様に高山証人は「金を捜すときはどうか」との問に対し「話が済んだときは私の金として、とつておけと云つて二人が帰つた後で金を受取りました」と答へ又「金は万江のものならもらわんと云つたか」との問に対し「弥一のものならもらわんと云つたので俺のものと云ひました」と答へ更に「その金と新聞の事と関係するか」との問に対し「それをする様に万江にはそう云つたが中村にはそう云わずに俺の金と云ひましたその場合そうしなければならない状態だつたのです」と答へているのである。又被告人が新聞を配達しなかつたことに対しては高山証人は「二回目には私が強硬に押へつけました」と証言して居るのである。被告人は万江医師が医師としての職責に欠ける処があるので之れが反省を求めんとして新聞報導し更に翌日の記事にも之れを報導仕様とした処が万江医師に頼まれた被告人と同職の木下に記事差止めの依頼があり被告人の一存で取計ひかねて高山宅に同道し其処で被告人が尊敬する高山から新聞配達を強硬に押へられたので被告人としては止もう得ず新聞の配達を中止したのである。其処で被告人は高山、木下、万江三名の話の内容は全然知らず高山から金五万円を受取つておけと差出され此の金が万江からのでないことを確めて被告人は援助費の心積りで受取つたのである。原審判決の通り被告人の万江に対する新聞報導が恐喝行為であつたとしても此の新聞報導と高山からの被告人に対する金銭交付との間には相当因果関係は認められないと考へる何故ならば被告人は被告人が高山から受取つた金は高山自身が被告人に与へた金と思つて居るのであり万江から出た金であることは全然知らなかつたからである。これに対し被告人の行為を以つて恐喝罪の成立を認めた原審判決は明かに誤りである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例